動物環境科学研究所
Institute of Enviromental Science of Animal ( IESA )
犬猫の殺処分数を減らすために
動物を愛する者だけでなく、社会全体に影響を及ぼす「犬猫の殺処分」問題を改善するために、私は次の3つのステップを行うことをご提案します。
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原因を分析
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それぞれの地域の特異性があるので、まず自分の町の原因をしっかりと分析します。目の前の小さな問題からはじめましょう。
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やるべきことをすべてリストアップ
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「できること」ではなく、今はできないと思われても、原因を取り除くためには「しなければいけないこと」を考えます。
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リストの優先順位の上位から実行
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すべてをするのではなく、3つくらいに絞って、最低でも3年かけて試しに取り組んで、それを評価します。
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3年ごとに再評価しながら、これを繰り返してゆけば確実に殺処分数は減らせると私は考えています。
ひとつの例として、福岡県獣医師会が取り組んでいる「おうちへかえろうプロジェクト」をご紹介しましょう。
「あすなろ猫」のゆめ
〜 過剰繁殖問題への福岡県獣医師会の総合的な取り組み 〜
はじめに
机の上であれやこれや考え、いたずらに時間ばかりが過ぎてゆく間に、街では子猫がどんどん生まれ、その子猫を処分するために私達獣医師が処分機のボタンを押しています。同じ獣医師という国家資格を持ちながら、あるものは犬猫の命を救うために朝から晩まで戦い続け、あるものは目も開いていない子猫の命を何千何万と奪わなければいけない。こんなことで良いのか! もういいかげんにしよう。命を救う人間の医者が、命を奪うことを仕事とすることはありえないはずです。
しかし、獣医師は人間の食物となる牛や豚、そして魚の命を奪うことに印鑑を押すのも仕事です。それは、人間という次の命をきちんとつなぐために心を込めて押す印なのです。
では、処分され続ける犬や猫の命はどこにつながっているのでしょうか? 「繋がらない命」ほど悲しいものはないと私は思います。
獣医師としてできること、とくに小動物を担当している我々でなければできないことは何か?それを福岡県獣医師会は考えました。そして、「それは不妊手術しかない!」という結論に至ったのです。それがはっきりと認識できてから、全てが動き始めました。
図1.福岡県の犬・猫の殺処分数の推移(北九州市を除く)
平成16年度には北九州市を除く福岡県において15,681頭の犬、猫が殺処分されていました。(図1)さらに福岡県はそれまでに処分頭数全国ワースト1の記録を7年間続けていました。これまでも獣医師会としてさまざまな提案や取り組みを行ってはいたのですが、この結果を見ると、十分効果的な対策だったとは言えません。そこで、委員会はまず、過剰繁殖問題が起こる原因を再検討し、それをもとに具体的に獣医師として自らが動く事業を選定いたしました。
1.原因の分析
①温暖な気候
全国で殺処分頭数の多い都道府県は西日本、中でも九州に集中しています。これは繁殖可能な気温が年間を通じて保たれているということです。また、港の多い福岡は猫の過剰繁殖には最適な環境だと言えるでしょう。
②自然にゆだねる県民性
アンケート調査では、温暖な気候ゆえ、放しても生きて行けるだろう。エサももらえるだろうと考え、放し飼い、行方不明になっても探さないなど、昔のままの動物飼育への感覚を持つ県民が多いことがわかりました。
③都市と地方の混在
福岡県は博多を中心とした都市部と、それ以外の田畑のある地方が混在しています。都市部では猫の問題が、地方では犬の問題が顕著ですが、近年は都市化の進行によって猫の増加が地方でも問題となってきました。
以上のことから地球温暖化が進み、県民の意識が低いままで都市化が進むと、飼い主のいない猫の爆発的な増加が危惧されました。
2.おうちへかえろうプロジェクト
以上の原因より、多数の命が犠牲になっている現状を改善するには、『繁殖をコントロールし、
必要な数の犬や猫を慈しみながら大切に育てる』という、21世紀の新しいモラルを確立すべきだと
考えました。
さらに、殺処分を減らすことにとどまらず、すべての犬や猫が、飼い主のいる「おうち」で
幸せに終生暮らせる社会を目指すことを目標に、「おうちへかえろうプロジェクト」と題した
総合的な取り組みを開始いたしました。
1) 繁殖抑制事業
①譲渡犬猫方式:福岡県下の獣医師が、ボランティアで福岡県動物愛護センターに出向き、その手術室で譲渡対象の犬や猫の不妊・去勢手術を行うもので,3年間でのべ102名の獣医師が参加しました。
②あすなろ猫方式:「まだ地域猫の条件は満たさないが、一定の地域に住み着いて、えさを与えられている猫で、将来地域猫に昇格するために避妊・去勢手術を施されマーキングされた猫」を、「明日は地域猫になろう」という意味を込めて「あすなろ猫」と定義しました。
一般的に、地域猫に選定されるまでには、とても長い時間がかかり、その間に不要な繁殖をしてしまいます。また、譲渡されるにしても、元となる猫の数を減らさなければ、譲渡事業そのものが疲弊してしまいます。私達獣医師は唯一不妊・去勢手術ができる有資格者なのですから、その技量を活かす方法として「あすなろ猫」を推進することにしました。
「あすなろ猫」の選定と捕獲はおもにボランテイアさんに担当していただき、登録された動物病院で手術を行い、手術済のマーカーとして雄猫は右耳、雌猫は左耳の先端をV字にカットします。
この「あすなろ猫」事業は、担当する獣医師やボランティアはもとより、行政からも高い評価を受け、平成22年度から26年度までの5年間で2000頭以上の手術を行いました。
2) 啓発事業
県民の意識を向上させるためにさまざまな啓発事業を行っています。
飯田基晴監督による映画「いぬとねことにんげんと」の上映会を各地で行い、
過剰繁殖問題の啓発を行いました。
さらに、キャラクターを主人公にしたアニメを独自に作成し、インターネットに公開しています。
獣医師会の取り組みをFM福岡放送でのべ120回にわたり放送していいただきました。また、読売新聞に「おうちへかえろうプロジェクト」の一面広告を掲載していただきました。これは全国的にもとても珍しいことだと評価されています。
現在は福岡に住んでいる猫の写真をホームページで募集して、facebookに公開しています。半期に一度、その写真をもとにカレンダーを作成し、売上げの一部を不妊去勢手術に当てています。
3.効果
獣医師会はもとより、全県下あげた取り組みによって平成22年度にはワースト1より脱出することができました。しかし、過剰繁殖問題を研究すればするほど、ワースト1から脱却することが目標ではなく、すべての福岡の犬や猫に、一生飼い主さんと幸せに過ごせる「おうち」を提供することが大切だと考えています。
おわりに
獣医師会、ボランティア、行政の3者が緊密に連携することにより、殺処分を減らすという大きな課題も、決して夢ではないと確信しています。過剰繁殖問題を社会の問題としてとらえ、それぞれの立場から専門的な力を持ち寄り、協力することで「3本の矢」の教えのように、困難なことにも解決の糸口が見つかるのではないでしょうか。
すべての犬や猫が、幸せなおうちへ帰れるように願っています。