動物環境科学研究所
Institute of Enviromental Science of Animal ( IESA )
災害時における動物救護について
自分たちでできることは何か?そしてできないことは何か?それをはっきりとさせることが必要です。そして、できないことは地域、行政、そして獣医師会に提案してみましょう。
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まず、自分でできることを準備しましょう。
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災害は今日にも、そして誰にでも起こる可能性があります。飼い主さんが無事でなければ、家族や動物たちを助けることなどできません。まず人用そして動物用の避難袋の準備からはじめましょう。
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町内ですべきことを考えましょう。
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同行避難する経路の安全確認、動物を受け入れる避難所の準備と地域の住民の理解など。
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日常の生活の中にトレーニングを組み込みましょう。
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命を救うこと、そこに特別な状況などはありません。「津波てんでんこ」の教えのように、動物の命を救うことが日常化してこそ、人間を含めた多くの命を救うことができるのです。
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福岡県獣医師会では、災害時に動物を救護するためのチームとしてVMATを準備しています。さらに、会員の動物病院を一時的なシェルターとして被災動物を受け入れることができるようにもしています。
先進的な福岡県獣医師会の取り組みをご紹介しましょう。
福岡県における災害時における動物救護について
派遣獣医療チーム”VMAT”のご紹介
1.福岡県における災害対策
福岡県は2005年(平成17年)3月20日に発生した最大震度6弱の福岡西方沖地震に見舞われるまで長い間地震空白域とされていました。そのために地震などの災害に対する準備は十分とは言えず、まして動物の保護については福岡県防災計画においても記載は見られませんでした。その一方で福岡県獣医師会は被災した玄海島よりの避難動物を受け入れ、同島の猫の不妊手術を行うなど災害時獣医療活動を初めて行いました。また、「動物救護マニュアル」の作成にも着手したのですが、時間の経過とともに災害に対する意識も薄れ、残念ながら完成することはありませんでした。
そのような時に東日本大震災が発生したのです。あの日学会のために横浜にいて生まれて初めての避難所生活を体験した私は、獣医師として何か役に立つことはできないかと考えていました。折しも原発から20km圏内に取り残された動物の救援プロジェクトの公募があり、福島警戒区域動物救援獣医師チーム(VAFFA311)の一員として福島県富岡町に入ることができました。人間がいなくなって4ヶ月が過ぎた街を飼い主さんからの捜索願を手に歩き回りました。2日間で50頭ほどの犬猫を保護しましたが、いくつもの白骨化した動物の遺体を見ると、もっと早く救護活動ができればとたいへん悔しく感じたのです。さらにその後福島県にある2つのシェルターにもボランティアとして参加しましたが、施設からあふれるほど多くの動物たちを一カ所に集約して飼育する困難さを体験すると同時に、黙々と犬猫の世話をするボランティア達の熱意を知ることができました。
これらの体験から私は「今のままでは、もし福岡に災害があった時には何もできないのではないか?」と強く不安を感じたのです。そこで福島の経験をもとに災害時における動物救護の重要性を福岡県獣医師会の理事会で訴え、藏内勇夫会長(当時)の指示の下、2011年秋には災害時動物救護対策委員会が結成され福岡県における動物救護対策がスタートしました。
私達はまず、全国から防災計画や動物救護マニュアルなどを収集して分析を行い、災害に備えて獣医師会として具体的にどのように動くべきかを検討し以下の5つを活動の中心とすることにしました。
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発災より48時間が最重要phaseと考え、新たに専門的な教育を受けた動物救護班であるVMAT(災害派遣獣医療チーム)を設置する。
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平常時にさまざまな災害を想定したシミュレーションを行い、それをもとに日常の訓練を行う。
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平常時よりVMAT、協力動物病院、協力獣医師、協力動物看護師などを登録し、お互いの認知および教育・訓練を行うためのシステムを作る。
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行政による被災動物救援対策本部が設置され機能し始めれば、これと協力して働く。
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県や市町村との事前協定を結んでおく。
(phase:フェィズ、時相。災害からの時間経過)
この5つの指針をもとに「緊急災害時における動物救護のガイドライン」をまとめ、福岡県内の市町村はもとより全国の獣医師会へ配布しました。これはPDFファイルとして福岡県獣医師会のホームページに公開してありますのでご興味のある方はご自由に利用して下さい。現在はVMAT設立、協力動物病院設定、協力獣医師および協力動物看護師認定などが済み、これからは継続的な教育と訓練を行ってゆく予定です。 さらにVMATを福岡だけでなく日本全国に広めることで、より大きな災害に対しても対応できる環境を作りたいと思っています。
2.VMATとは
VMAT(Veterinary Medical Assistance Team:災害派遣獣医療チーム)とは獣医師、動物看護師、動物トレーナー、トリマーなど1チーム4~5名で構成され、大規模災害や多くの傷病動物が発生した事故などの現場に、急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた獣医療チームのことです。
VMATは米国などにはありますが、平成27年4月の時点では、日本においてはまだ福岡県獣医師会にしかありません。
VMATの任務は人命救助を妨げない範囲で、発災初期の動物の保護・救出にあたるとともに、被災状況の情報収集を行います。また、避難所やシェルターの設置に協力し、動物の健康管理及び人間と動物の関係を円滑にすることです。(図1)
図1.VMATによる動物救護体制
VMATはあくまでも災害発生時において行政が十分に機能することができない発災から48時間以内をカバーするための動物救護チームであり、人的支援が落ち着いた48時間以降は従来通り動物救護の主体は行政に移管され、VMATはその指揮下に入ることとなります。
表1 VMAT認定講習会講義内容
第1回 VMAT認定講習会
1.災害概論 2.VMATの運用
3.災害シミュレーション 4.平常時の準備対応
5.実習:救命講習(協力:福岡市消防局)
第2回 VMAT認定講習会
1.被災地での活動 2.動物の救急処置
3.後方支援 4.シェルター作業と管理
5.実習「防災の現状と課題」(協力:防災士協会)
VMAT希望者は秋と冬の2回の1日講習を受講することになっています。講習内容は表1のとおりです。この中には、福岡市消防局の協力による人間の救急蘇生訓練と防災士によるシミュレーション・トレーニングが含まれています。受講後に試験を行い適切と認められたものが、3年間VMAT隊員として登録されます。隊員には制服と制帽、安全靴が貸与され、発災時の動物救護活動の他、県下で開催される防災訓練などへ参加、各地域でのペットとの同行避難の啓発、地区獣医師会での災害対策の充実などを行っています。
2013年福岡県原子力防災訓練で診察するVMAT隊員
2015年福岡県原子力防災訓練で問診する所長
3.動物救護のこれから
防災の基本は自らを自らが守る「自助」であることは言うまでもありませんが、災害の規模によっては被災していない地域からの協力が絶対に必要になります。しかし防災用語や救護に対する認識、被災者への対応などが違えば、せっかくの救護の手が十分に活かせなくなってしまいます。その結果、不幸な犬や猫たちが増えてしまうとしたら、それは被災地で不安で寂しい気持ちの動物たちが一番かわいそうなことです。
「動物の命を救いたい」という気持ちは同じだとしても、現在はその思いを通い合わせる共通の言葉がありません。“VMAT”が全国の、さらには全世界の同じ思いの人間たちの共通言語として広がってくれればと思います。
その意味でも、VMATは獣医師だけでなく、動物看護師、トリマーや訓練士などの動物専門家はもとより、ボランティアなどの動物の命を助けたいというすべてのヒトにとっての拠りどころになるように成長しなければなりません。
そのためには、全国にVMATという存在を数多く作ること、そして災害時にはVMATを中心とした動物救護が地域や行政担当官の考えなどに左右されるのではなく、どこの県でも人間の救護が当然のように、「動物救護」も当・た・り・前・のことにしなければいけないと私は考えています。